最高裁判所第三小法廷 平成2年(オ)53号 判決 1994年4月05日
上告人
多賀勝一
右訴訟代理人弁護士
田中幹則
智口成市
被上告人
福島啓一
右訴訟代理人弁護士
高沢邦俊
主文
一 原判決及び第一審判決を次のとおり変更する。
金沢地方裁判所が同庁昭和六一年(リ)第一三四号、第一四〇号、第一六〇号、第一六二号、第一九四号、第二二〇号、第二四〇号、第二五九号、第二七五号、第三〇九号配当等手続事件について、昭和六二年一月二九日作成した配当表のうち、上告人に対する配当金を一五五万六三一〇円と、被上告人に対する配当金を零円と変更する。
二 訴訟の総費用は、被上告人の負担とする。
理由
上告代理人田中幹則、同智口成市の上告理由第二の一について
一 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 被上告人と訴外金子嘉秀、同金子ユリ子との間に昭和六一年三月二二日金沢地方法務局所属公証人藤坂亮作成に係る同年第四二二号金銭消費貸借契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)が存在し、本件公正証書には、(1) 被上告人は嘉秀に対し、昭和六一年二月一三日二〇〇〇万円を、弁済期同年三月一三日、利息年一五パーセント、遅延損害金年三〇パーセントと定めて貸し付けた、(2) ユリ子は被上告人に対し、嘉秀の右債務につき連帯保証した、(3) 嘉秀、ユリ子は、右債務を履行しないときは直ちに強制執行に服する旨を約した、と記載されている。
2 本件公正証書が作成された経緯は、(1) 被上告人は、昭和六一年二月五日から同年三月一九日にかけて、嘉秀に対し、第一審判決添付別表(一)の1ないし6のとおり合計二八三万七〇九一円を貸し付け(以下「本件1ないし6の貸付け」という。)、同年二月末ころか三月初めころには、嘉秀との間で、嘉秀が被上告人に対して負担している四九五万円のリース料相当損害金の賠償債務を消費貸借の目的とする旨を合意した(以下「本件準消費貸借」という。)、(2) 被上告人は、そのころ嘉秀から資金援助を要請されたので、二〇〇〇万円を限度としてこれに応ずることとし、その弁済を確保するため、昭和六一年三月二二日嘉秀、ユリ子との間で本件公正証書を作成した、(3) その際、被上告人と嘉秀は本件1ないし6の貸付け債権と本件準消費貸借債権を本件公正証書に記載された消費貸借の目的とすることを合意し、被上告人は、その後も二〇〇〇万円を限度に逐次貸し付けることを約した、(4) 被上告人は、昭和六一年四月二日から同年八月四日にかけて、嘉秀に対し、第一審判決添付別表(一)の7ないし21のとおり合計八三三万一九九四円を貸し付けた(以下「本件7ないし21の貸付け」という。)、というのである。
3 金沢地方裁判所は、同庁昭和六一年(リ)第一三四号、第一四〇号、第一六〇号、第一六二号、第一九四号、第二二〇号、第二四〇号、第二五九号、第二七五号、第三〇九号配当等手続事件の昭和六二年一月二九日の配当期日において、金子ユリ子が執行供託した一五五万七四八〇円から手続費用一一七〇円を除いた一五五万六三一〇円を、上告人の債権額(元利金一八七二万八三九五円)と被上告人の本件公正証書記載の債権額(元利金二一五二万八七六六円)で按分し、上告人に七二万四〇二五円を、被上告人に八三万二二八五円を配当する旨の配当表(以下「本件配当表」という。)を作成したが、上告人は、本件配当表の記載のうち、被上告人の本件公正証書記載の債権への配当の全額につき配当異議を申し立てた。
二 上告人の本訴請求は、本件公正証書記載の債権が存在しないとして、本件配当表のうち、上告人への配当金を一五五万六三一〇円と、被上告人への配当金を零円とする旨の変更を求めるものであるが、原審は、前記の事実関係に基づき、本件公正証書の債権は、(1) 本件7ないし21の貸付け債権とは同一性がないが、(2) 本件1ないし6の貸付け債権及び本件準消費貸借債権(元利合計八一二万五七三四円)とは同一性があり、その限度で債務名義として有効であると判断し、手続費用を除く前記配当総額を上告人の前記債権額と被上告人の右(2)の債権額で按分し、本件配当表のうち、上告人への配当金を一〇八万五三八九円と、被上告人への配当金を四七万九二一円と変更する限度で、上告人の請求を一部認容した。
三 しかし、原審の右二の(2)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
公正証書に記載された債権の発生原因事実が多少真実の事実と一致しないところがあっても、その記載により債権の同一請求が認識できる場合は、その公正証書は真実の債権と一致する部分に限り、債務名義としての効力を有する(最高裁昭和四五年(オ)第二五〇号同年一〇月一日第一小法廷判決・裁判集民事一〇一号七頁)。そして、原審の確定した前記事実関係によれば、本件公正証書に記載された債権の発生原因事実は、本件1ないし6の貸付け債権及び本件準消費貸借債権の発生原因事実と、契約日、金額などの点で全く一致せず(仮に、本件公正証書作成に際し、これらを一口の債権にとりまとめて消費貸借の目的としたと理解しても、契約日、金額など全く一致しない。)、これらの債権を含め将来二〇〇〇万円の限度で逐次貸し付けるとの当事者間の前記合意とも一致しない。したがって、本件公正証書に記載された債権と、本件1ないし6の貸付け債権及び本件準消費貸借債権との間に客観的な同一性を認めることはできず、本件公正証書は債務名義として効力を有するとはいえない。
原判決の右判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法が原判決中の上告人敗訴部分に影響を及ぼすことは明らかである。右の違法をいう論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、右部分は破棄を免れない。そして、前記の事実関係の下においては、本件公正証書は債務名義として無効であり、上告人の本訴請求は正当として認容すべきものであるから、原判決及び第一審判決を主文第一項のとおり変更すべきである。
よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫)
上告代理人田中幹則、同智口成市の上告理由
第一 原判決には、次のとおりの理由不備、審理不尽の違法がある。
1 原判決は、その理由二、1、における事実認定で次のとおり述べている。
「……訴外嘉秀から……資金援助を求められたので、被告は二〇〇〇万円を限度としてこれに応ずることとし、これが債権の弁済を確保するため、昭和六一年三月二三日債務者訴外嘉秀、連帯保証人訴外ユリ子との間に本件公正証書を作成したこと、その際、本件公正証書に記載の昭和六一年二月一三日付消費貸借として、昭和六一年二月一三日時点で既に発生していた別表番号1及び2の貸付金合計一八〇万一八六〇円のほか、福根淡水のNECに対するリース契約金四九五万円についても、被告個人から訴外嘉秀個人への貸付金扱いとすることに右両者、被告及び訴外嘉秀の関係四者の間で合意したうえ、これを本件公正証書に記載の消費貸借の目的としたこと、もっとも、第一審被告は、前記1、2の債権のほか、昭和六一年三月七日以降公正証書作成直前の三月一九日までの間に別表(一)記載の番号3ないし6(合計一〇三万五二三一円)を訴外嘉秀に貸付けておりこれらの債権も前記1、2の債権と合わせ公正証書記載の消費貸借の目的とする旨、同証書作成の際同人との間で合意し、後は公正証書作成後二〇〇〇万円を限度に逐次貸付けていくと約した」
2 しかしながら、昭和六一年三月二二日、福根淡水のNECに対するリース契約金四九五万円を本件公正証書の消費貸借の目的とする旨の合意があったと認定できる信用性のある証拠はなんらない。逆に合意がなかったと推認さす事実、証拠は次のとおりである。従って、原審の右認定は、経験則に著しく反した事実認定であり、原判決には理由不備、審理不尽がある。
(一) 福根淡水のNECに対するリース契約は、乙第二四号証、乙第二五号証によれば、契約金額は金四九五万、毎月のリース料は金八二、五〇〇円、契約期間が、昭和五九年四月二〇日から昭和六四年四月一九日まで、と定められているのであり、本件公正証書の貸付日である昭和六一年二月一三日の時点での既発生リース料の合計金額は金一、八九七、五〇〇円であり、本件公正証書作成時の昭和六一年三月二二日時点での既発生のリース料の合計金額は金一、九八〇、〇〇〇円となり、公正証書作成時には原判決が述べる金四九五万円のリース料は発生していない。ただ、以後毎月八二、五〇〇円のリース料が契約終了日まで発生し、その合計額が金四九五万円になるだけである。そして、その後も福根淡水が毎月NECにたいし八二、五〇〇円のリース料をしはらっているようである(乙第二九号証)。もちろん、同社が一括弁済したとの証拠はなんら提出されていない。
(二) 従って、訴外嘉秀が被告に対しリース料(相当の損害金)の支払いをすることを約束するとすれば、右リース契約に従ったとおりの弁済をすることを約束するはずである。すなわち、訴外嘉秀は、被告に対し、被告ないしは福根淡水が毎月八二、五〇〇円の支払いをするごとに同額の金員を被告ないしは福根淡水に弁済することを約束することは十分推認できる。しかも、この点につき、被告は、第一審において被告の昭和六三年九月一二日付準備書面の一において、「被告は、システムサービス」の「嘉秀」に対し表記(被告昭和六二年六月一日)準備書面第三項記載の電子計算機をリース料相当額で貸与したが、……」と主張しており、右推認事実を被告は認めているのである。
(三) ところで、本件公正証書(乙第一号証)は、元金の弁済期を昭和六一年三月一三日と定め(一括弁済の約定)、利息も、年一五パーセントの割合と定めてかつ元金弁済と同時に一括して支払うこととし(従って、利息の支払い時期方法も元金と同様一括弁済でその弁済期日は昭和六一年三月一三日ということとなる。)、期限後の遅延損害金は年三〇パーセントと定めている。
本件公正証書の弁済期日、弁済方法、利息金、損害金の約定と被告ないしは福根淡水と訴外嘉秀が約束したであろう前述の合意を比べると、それは著しく異なっている。もし仮に、原判決が認定するとおり、訴外嘉秀が、被告に対し、公正証書作成時に公正証書記載のとおりの条件でリース料総額の金四九五万円を弁済することを約束したとすれば、訴外嘉秀は、被告に対し、本来なら、リース料の支払い期日が到来し、被告がNECにリース料を支払ってから支払えばいいのに、また、毎月分割して支払えばいいのに、それらの利益をすべて放棄し、かつ、弁済期までは利息をつけ、また、弁済期に弁済をしなければ高利の遅延損害金を支払うことを約束したことになるのであるが、訴外嘉秀には、被告にそのような特別の利益を与え、自己の利益を放棄する特段の事情がなく、また、そのような証拠もない。従って、原判決の認定は証拠に基づかない、あるいは経験則に著しく反した認定といわざるを得ない。
(四) また、訴外嘉秀は、被告に対し、借り受けた金員については、領収書、借用証書、貸付金明細書などを提出しているが、これら書類には、リース料についてはなんら記載がない。特に、乙第二三号証は、被告と訴外嘉秀との貸借関係の明細書であるから、もし、被告と訴外嘉秀との間で、リース料につき、訴外嘉秀が被告に対しその支払いをすることを約していたとすれば、当然その旨の記載があってしかるべきなのにその記載がなんらされていない。
(五) 被告は、第一審において前述の被告の昭和六三年九月一二日付準備書面の一において、「被告は、「システムサービス」の「嘉秀」に対し表記(被告昭和六二年六月一日付)準備書面第三項記載の電子計算機をリース料相当額で貸与したが、一度もリース料を支払うことなく、昭和六一年五月ころ、被告に無断で第三者に売却し、リース料相当額四九五万円の損害を被告に被らせたので、その頃、「嘉秀」の承諾を得て本件公正証書の貸借の目的としたものである」と主張しており、これは、公正証書作成時においてリース料が公正証書の債権に含まれていないことの証拠となる。
3 また、原判決は、被告は、訴外嘉秀に対し、昭和六一年二月五日から昭和六一年三月一九日までの間に合計金二八三万七〇九一円を貸付けており、その貸金も本件公正証書記載の消費貸借の目的としたと認定しているわけであるが、この認定も以下の事実及び証拠から考え著しく経験則に反した認定といわざる得ない。従って、原審の前述1の認定は、理由不備、審理不尽がある。
(一) 原判決は、乙第三号証、乙第四号証、乙第二八号証及び被告の尋問結果により、右事実を認定したようであるが、乙第三号証、乙第四号証並びに乙第五号証ないし乙第一七号証は、訴外有限会社日本システムサービスが株式会社ノーベルに対しあてた領収書であり、従って、これらの書証は、特段の事情がないかぎり、被告が訴外嘉秀に対し金員を交付したことを証する証拠とならない。しかも、乙第六号証ないし乙第一〇号証、乙第一二号証ないし乙第一四号証、乙第一七号証の係印欄には、中島の署名があり、同書証の作成者及び金員の受領者は、有限会社日本システムサービスの従業員の中島であることが明らかであるから、訴外嘉秀が被告から右書証記載の金員を受け取ったという証拠にはならず、有限会社日本システムサービスが株式会社ノーベルから金員を受領したことの証拠となる。もちろん、当時、被告が、訴外嘉秀から個人名義の受領書を受領できない理由はなんらなく、それについての被告の説明も合理性がない。なぜなら、個人対個人の貸し借りなら、その旨の領収書を受領すればよいし、また、有限会社日本システムサービスの中島という従業員が領収書を書く必要もないからである。
(二) 訴外嘉秀は、被告に対し、昭和六一年四月一一日付乙第二六号証の借用証書を、同年五月六日付乙第二七号証の借用証書を作成し、交付している。しかも、同書面には、いずれも、債務者不履行のときは、強制執行を受けても異議がないことを認諾し、本証書にもとづく公正証書の作成のため委任状と印鑑証明書1通をあなたに交付すると記載されており、被告も委任状及び印鑑証明書を受領するはずであった旨の供述をしているのである。このことは、乙第二六号証及び乙第二七号証に含まれる貸金については、本件公正証書とは別の公正証書を作成するとの約束があったことを意味することは明らかである。このような事実から、被告が、訴外嘉秀に対し、二〇〇〇万円を限度として、将来発生する債権の弁済の確保のため、本件公正証書を作成したが、その後の貸付が現実に実行され、その債権額が確定しそれを明確にし、かつ、弁済方法を取り決めるため、乙第二六号証、乙第二七号証の借用証書を作成し、これについては、新たに公正証書を作成する合意が被告と訴外嘉秀との間に取り交わされたということが推認できる。
原判決の認定によれば、被告及び訴外嘉秀は、原判決が認定した貸金については二重に公正証書を作成しようとしたことになるが、なぜそのような不合理な約束を訴外嘉秀がしたのかなんらの検討もされていない。
(三) 原判決が認定した右貸金については、乙第二三号証の貸付金明細から考えて(昭和六一年二月五日から昭和六一年五月六日までの総ての貸金が記載されている)、乙第二七号証の借用証書四〇〇万円にその貸金分が含まれていることになるが(乙第二三号証に記載された貸付け額のうち昭和六一年四月一一日の六七一万円(―これについては乙第二六号証の借用証書が作成されている。―)を除いた債権の合計額四、四五九、〇八五円より相殺額を除いて四〇〇万円とし、その金額を乙第二七号証の借用証書の債権額としている。)、乙第二七号証の借用証書の約定は、弁済期が昭和六四年一二月三〇日、元金は毎月給与支払日たる二五日に一〇万円以上支払う、金利はなしとするとなっているのであるが、これは、本件公正証書の弁済期、利息、損害金、弁済方法(詳細は前述のとおり)と著しく異なっており、同一の債権とは認定できない。
第二 原審には、以下のとおり判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反及び理由の不備齟齬の違法があり、原審判決は、破棄されるべきである。
一 実体法の法令違反等
1 原審は、理由二、1において「……訴外嘉秀から……資金援助を求められたので、被告は二〇〇〇万円を限度としてこれに応ずることとし、これが債権の弁済を確保するため、昭和六一年三月二三日債務者訴外嘉秀、連帯保証人訴外ユリ子との間に本件公正証書を作成したこと、その際、本件公正証書に記載の昭和六一年二月一三日付消費貸借として、昭和六一年二月一三日時点で既に発生していた別表番号1及び2の貸付金合計一八〇万一八六〇円のほか、福根淡水のNECに対するリース契約金四九五万円についても、被告個人から訴外嘉秀個人への貸付金扱いとすることに右両者、被告及び訴外嘉秀の関係四者の間で合意したうえ、これを本件公正証書に記載の消費貸借の目的としたこと、もっとも、第一審被告は、前記1、2の債権のほか、昭和六一年三月七日以降公正証書作成直前の三月一九日までの間に別表(一)記載の番号3ないし6(合計一〇三万五二三一円)を訴外嘉秀に貸付けておりこれらの債権も前記1、2の債権と合わせ公正証書記載の消費貸借の目的とする旨、同証書作成の際同人との間で合意し、後は、公正証書作成後二〇〇〇万円を限度に逐次貸付けていくと約した……」と認定し、さらに理由二、2において「……別表(一)記載の番号1及び2の貸付金一八〇万一八六〇円並びにリース契約金四九五万円更に公正証書作成日までに貸付けられた前記3ないし6の債権一〇三万五二三一円の合計金七七八万七〇九一円は、本件公正証書に表示された請求権と同一性(一部)があると認められるので、本件公正証書は右金額及びこれに対する約定利息の限度で有効であると認められる。尚、前認定によると本件公正証書記載の貸付条件中、弁済期の定めは通謀虚偽表示であって無効と認められる。」と認定している。
2 しかしながら、原審の右事実認定によっても、以下の理由により、本件公正証書に記載された消費貸借契約に基づく債権と、原審認定の被告と訴外嘉秀との準消費貸借契約に基づく債権には同一性は認められず、また、金銭の一定の額の支払いの約束があったとも認定できず、本件公正証書に基づく債権は、不成立ないしは通謀虚偽表示により無効となり、有効な債務名義ともならない。原審は、民法第五八七条ないし民法第五八八条、民法第九四条第一項あるいは民事執行法第二二条第五号の適用を誤っており、その誤りは判決に影響を及ぼすことは明らかである。
(一) 本件公正証書には、被告が訴外嘉秀に対し、昭和六一年二月一三日、金二〇〇〇万円を貸し渡した、その弁済については、元金の弁済期日は、昭和六一年三月一三日、利息は、年一五パーセントの割合とし、そん弁済期日は元金の弁済と同時、期限後又は期限の利益を失ったときは以後完済するまで年三〇パーセントの割合の遅延損害金が発生するとの記載があり(乙第一号証)、同公正証書が表示する債権は、右のとおりの約定に基づく債権(以下公正証書債権という。)ということになる。
(二) ところで、原審認定の被告と訴外嘉秀らとの準消費貸借契約に基づく債権(原審認定債権という。)と右公正証書債権を比べると次のとおりの違いがある。
① 契約日、債権の発生日について
原審認定債権は、本件公正証書作成時の昭和六一年三月二二日契約が締結されたことになるから、その発生日は同日となるが、公正証書債権は、貸付日の昭和六一年二月一三日発生することになる。
② 利息債権について
原審認定債権の利息の起算日は、別表(一)のとおりで貸付日等となり発生日がそれぞれ異なっており、かつ、その弁済日も定められていないことになるが、公正証書債権の利息の起算日は貸付日の昭和六一年二月一三日となり、しかもその弁済期日は、昭和六一年三月一三日ということになる。
③ 元金の弁済期日について
原審認定債権は、弁済期日の定めがないことになるが(原審は弁済期日についての合意は通謀虚偽表示と認定している。)、公正証書債権の弁済期日は昭和六一年三月一三日ということになる。
④ 損害金の約定ならびに期限の利益喪失約款について
原審認定の債権は、遅延損害金及びこれにともなう期限の利益喪失約定につき約束がないことになるが、公正証書債権については、前述のとおり遅延損害金及び期限の喪失約定があることになる。
⑤ 債権元金について
原審認定債権の元金は、準消費貸借契約に基づき発生し、その債権額は契約締結日段階で金七七八万七〇九一円存在し、その後二〇〇〇万円を限度として逐次貸付けをおこなうことにより発生するが契約日段階で今後いくら貸付けるかにつき具体的な定めはない。公正証書債権の元金は二〇〇〇万円で昭和六一年二月一三日貸付け交付された消費貸借契約に基づく債権である。尚、原審認定の債権元金については、原審は、被告及び訴外嘉秀は公正証書作成後も二〇〇〇万円を限度に逐次貸付けるとの約束があったと認定しており、原審は、二〇〇〇万円により原審認定の債権額を控除しておらず、原審は被告と訴外嘉秀との契約は、原審認定の債権が弁済により消滅しても二〇〇〇万円までは逐次貸付ける約束があったと認定していることになる。従って、原審認定債権は、原審認定の契約日において、被告の訴外嘉秀に対する債権額は確定的とはなっておらず、変動することが予定されていたことになる。
(三) 以上によれば、本件公正証書記載の債権と原審認定の債権には同一性が一部でもあると認定することができないことは明らかである。なぜなら、前述のとおり、貸付日(契約日)、現金の交付、元金額、元金額が確定していたか否か、弁済期日の定めが有ったか否か(消費貸借契約において弁済期日の約束があるか否かは、借主の弁済義務の発生日、利息の終期、遅延損害金の始期の決定の要件となっており、債権の同一性を考えるときに極めて重要な要件であると考えられる。)、利息の起算日及び弁済期日の定めの有無、遅延損害金の約定が有ったか否か、期限の利益の喪失約款につき、大幅な違いがあり、しかも、それは、債権発生、その内容、消滅までのあらゆる場面において異なっており、公正証書債権と原審認定債権に、同一性を認める根拠がなにもないからである。
3 さらに、前述の原審の認定によれば、本件公正証書は、被告が訴外嘉秀に対し、金二〇〇〇万円を極度額として金員の融通契約を締結したとも認定できるが、この点については原審は一部無効の理論を適用し、契約日の昭和六一年三月二二日の現存債権額が金七七八万七〇九一円についてのみ有効としている。
また、原審は、理由二訂正1、において被告と訴外嘉秀とは「……後は公正証書作成後二〇〇〇万円を限度に逐次貸付けていくと約したこと、……」とも認定しており、これは、右金額が将来変動することを予定した債権額であったことも認めている。
民事執行法第二二条第五号の「金銭の一定の額の支払い」要件を備えるべき公正証書における債務約束があるというためには、そこに一定の額の金銭等の給付を目的とする債権について、その発生原因たる事実を具体的に記載して、その債権を特定すべき事項が明確に表示されなければならないのであるが、原審認定債権については、その債権額が不確定であり、将来変動することを被告及び訴外嘉秀が合意しており、二〇〇〇万円の範囲で弁済を確保するため二〇〇〇万円の公正証書を作成したとも認定しているのであるから、そのような不確定な債権額につき有効性を考慮する余地はなく原審認定の債権は一定の額の支払いを目的とした債権と言えず有効な債務名義とならず、しかも、本件公正証書の約束文言は単純に昭和六一年三月一三日金二〇〇〇万円及び同日までの利息金を全額(つまり一定の額)を支払うことになっており、この点で当事者の真意に合せず、事実に吻合しない記載であり、これに基づく債権は、全然、有効に成立していないと言わざるを得ない(同旨昭和三八年一二月九日札幌高等裁判所第四部判決、昭和三六年(ネ)第一四六号、高等裁判所判例集第一六巻第九号八二三頁〜八二九頁)。また、既に第一、3、(二)で述べたように、被告は、貸金債権が確定した後、新たに公正証書を作成するために乙第二六号証、乙第二七号証の借用証書を作成しており、この点からも本件公正証書は、債権額の確定していなかった段階の公正証書であることが明らかである。
4 尚、原審は、理由中二2において「更に、第一審被告は、訴外嘉秀に対し二〇〇〇万円の限度で融資することとし、その弁済を確保するために本件公正証書を作成したと主張するが、かかる与信契約に基づき定められた金額は、当事者間において将来融資せられるべき金額の最高限度額を示すものに過ぎず、債務者が具体的に負担した債務の数字的金額ではなく、このような公正証書の記載内容は、『金銭の一定の額の支払』(民事執行法二二条五号)に関するものとはいえないので、原判決別表(一)の7以下の債権は、本件公正証書の債権と同一性がなく、有効な債務名義とはなりえないものと解する。」と認定している。
原審の右認定は、原審が認定した金七七八万七〇九一円の債権については有効とし、その余については無効と判断したことになり、一部無効の判断をしたことになる。しかし、本件公正証書に基づく債権については、準消費貸借契約が成立したか否かの判断のほかに、有効な債務名義となるか否かの判断もする必要があり、以下の理由により、一部無効の判断をすることはできず、被告が請求する本件公正証書の債権は全部無効になると言わざるを得ない。従って、原審は、理由の齟齬、理由の不備がある。
① 被告と訴外嘉秀との原審認定の契約の目的は、被告が訴外嘉秀に対し二〇〇〇万円の限度で融資をする、その弁済の確保のため公正証書を作成するということであったことになり、その目的主なねらいは、二〇〇〇万円の範囲で逐次貸付けていった債権額の合計額で強制執行できるようにすることであったことになる。もし、そのような目的どおりの契約を締結して公正証書を作成してもこのような公正証書は「金銭の一定の額の支払」(民事執行法二二条五号)に関するものとはいえず、有効な債務名義とならない。
② 民事執行法二二条五号は強行法規であり、金銭の一定の額の支払いの約束があったと認定できなければ、有効な債務名義とならない。被告と訴外嘉秀との原審認定の債権は、前述のとおり、二〇〇〇万円の範囲で将来変動することが当然予想されていたことは明らかであり、原審認定の債権は金銭の一定の支払いという要件を満たすことはできず、有効な債務名義とはならない。
③ もし、原審のような判断をして、一部無効、一部有効の判断をすれば、今後、脱法的方法として、真意と異なった本件のような公正証書の作成が横行し、つまり、このような方法でも一部有効となるから、真実と異なった公正証書を安易に作成する恐れが十分あり、民事執行法がその要件とした金銭の一定の額の支払の意味が不明確になり、公正証書に対する一般市民の信頼を失うことにもなりかねない。従って、公正証書に記載された債権が金銭の一定の額の支払いの約束があったと認定するときは、契約全体から判断し、契約金額が変動することが予定されておれば、たとえ一部債権が確定していても、その契約は全体として契約金額が一定の額の支払いの約束となっていないと判断すべきである。つまり、一部無効の理論は、一定の額の支払いの判断においては適用できない。
5 このように、被告及び訴外嘉秀は、本件公正証書記載の二〇〇〇万円の現金の交付の事実及び弁済の約束がないのに、あるいは公正証書記載の債権と同一性を有する債権についての真実の合意がないのに通謀して有るように装いあるいは金銭の一定の額の支払いの約束がないのに通謀して有るように装い虚偽の公正証書を作成したことは原審認定の事実によっても十分認定できるのに、原審は、その法令の適用を誤り、第一審原告の控訴を棄却した違法がある。
二 訴訟法規の適用の誤り及び理由の不備、齟齬
1 原審の、理由三、1について
原審は、右理由において、「第一審被告は、昭和六一年二月終わり頃か三月初め頃訴外嘉秀との間で、当時既に発生していたリース料債権四九五万円を、本件公正証書記載の同年二月一三日付の消費貸借の目的とすることに合意したことが認められるので、第一審被告が昭和六三年九月一二日付準備書面で行った自白は真実に反し且つ錯誤に基づくものであり、第一審被告の自白の撤回は許される……」と認定した。
しかし、原審は、理由二、1、において、リース契約金四九五万円を本件公正証書の記載の消費貸借の目的としたのは昭和六一年三月二二日と認定しており、契約日についての右認定とは齟齬がある。同様の齟齬は、原審の理由三、2、4においても認められる。
また、第一審被告が自白を撤回したその自白とは、第一審被告の昭和六三年九月一二日付準備書面一によれば、「被告は、「システムサービス」の「嘉秀」に対し表記(昭和六二年六月一日付)準備書面第三項記載の電子計算機をリース料相当額で貸与したが、一度もリース料を支払うことなく、昭和六一年五月ころ、被告に無断で第三者に売却し、リース料相当額四、九五〇、〇〇〇円の損害を被告に被らせたので、その頃、「嘉秀」の承諾を得て本件公正証書の貸借の目的としたものである。」ということであり、その主張は電子計算機売却による損害賠償債権を本件消費貸借の目的としたとの主張である。原審は、リース料債権四九五万円を本件公正証書の目的としたとの認定により直ちに右自白が真実に反していると判断しているが、リース料四九五万円が本件公正証書作成時にその消費貸借の目的となっていないことは第一、においてすでに述べたとおりであり、また、リース料と損害賠償債権とはその発生原因が異なっており、原審の右理由は、論理の飛躍があり、理由に齟齬ないしは理由不足があると言わざるを得ない。しかも、リース契約金四九五万円を被告個人から訴外嘉秀に対する貸付金扱いとするという原審の理由付けは、被告の訴外嘉秀に対する電子計算機の貸与による賃料なのか、それとも電子計算機の第三者に対する売却による損害金なのか明らかにしておらず、その点でも理由不備があると言わざるを得ない。
従って、原審の自白の撤回についての判断には、理由不備、理由齟齬がある。
2 原審理由三、3について
原審は、右理由において「前記乙第二三号証、原審における第一審被告本人尋問の結果、及び弁論の全趣旨によると、第一審被告は昭和六一年一二月二九日訴外嘉秀との間で、本件1ないし21の貸金債権一一一六万九〇八五円につき、訴外嘉秀の第一審被告に対する什器備品代金四五九万九〇八五円と相当額で相殺し、残金一〇七一万円とすることに合意したが、その際、相殺により消滅する貸金債権については、本件公正証書記載の消費貸借の目的となっていない貸金に充当する旨合意したことが認められるので、原判決別表(一)の番号7以下の貸金債権が相殺の対象になったというべく、第一審原告の主張(一)の(3)も理由がない。」とする。
しかし、右認定は、次のとおりの理由により、法令の適用の誤り、理由の齟齬があるばかりでなく、事実認定としても明らかに経験則に反した事実誤認をおこなっている。
① 第一審被告は、原審終結までの間、一度も、相殺の合意の際、相殺により消滅する貸金債権については、本件公正証書記載の消費貸借の目的となっていない貸金に充当する旨合意したとの主張をしていないのであり、右認定は弁論主義(民事訴訟法第一九条第二項)に反した認定であり、かつ、右認定は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反となる。
② しかも、第一審被告は、控訴審終結までの間、第一審被告主張の貸金はすべて、本件公正証書の消費貸借の目的となっていると主張していたのであり、かつまたそのような証言を第一審被告自身がおこなっていたのであるから、第一審被告がその貸付けた債権に相殺される債権と相殺されない債権と区別する理由は全くない。
③ 原審が援用する証拠及び証言並びに弁論の全趣旨その他の証拠すべて見ても、相殺の合意の際、相殺により消滅する貸金債権については、本件公正証書記載の消費貸借の目的となっていない貸金に充当する旨合意したことを証する証拠はなく、右認定は自由心証主義を逸脱し、経験則にも反した認定と言わざるを得ない。
従って、右相殺は法定充当の方法によって行われなければならないことは明らかである。
3 更に原審は、利息の記載日を別表(二)のとおりに認定しているが、この点についても、以下の理由により、弁論主義(民事訴訟法第一九一条第二項)に反した認定となっており、かつ、右認定は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反となる。
① 被告は、第一審において、被告の昭和六二年六月一日付準備書面一一において、「被告は本件公正証書に基づき元金一五、六六〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年一二月三〇日から支払ずみまで年三割の割合による損害金債権を有するものである。」と主張しており、その起算日についての被告の主張は、昭和六一年一二月三〇日ということになる。しかるに、原審は、被告の主張しない事実認定をし、利息の記載日を別表(二)のとおり認定したことになる。被告の右主張によれば、利息の記載日は、昭和六一年一二月三〇日以降の認定をすべきことになり、本件においては利息の発生はないことになる。
② 右が見られないとしても、被告は、本件公正証書に基づき、配当要求をしたのであり、その利息の記載日(発生日)及び終期は、本件公正証書記載の利息の発生日及び終期、つまり貸付日昭和六一年二月一三日から同年三月一三日までとなるとの主張を被告は行ったことになるが、原審は、右月日以前に利息の起算日を認定している。
(添付別表(一)、(二)原判決添付と同一―省略)